天理教の信者は天理教本部のある所を「おぢば」と言っています。
「ねえ、お母さん、なんでおぢばって云うの?」
ゆめちゃんの、なんでが始まりました。
「教祖が多くの人をおたすけして、そのたすけられた人達が教祖を慕って教祖にお会いしに来られた時は、当初は『おやしき』と言っていたのよ」
「明治八年六月二十九日、これは陰暦の五月二十六日、かんろだいのぢば定めが行われたの」
「教祖は、先ず自ら庭の中を歩まれ、足がびたりと地面にひっついて前へも横へも動かなく成った地点に標を付けられた」
「次に、こかん様、仲田佐右衛門さん、松尾市兵衛さん等の人々を、次々と、目隠しをして歩かされた処、皆、同じ処へ吸い寄せられるように立ち止ったのよ。その場所が、かんろだいのぢばなの」
「そこは人間のふるさとで、ふるさとにはおじいさん、おばあさんが居るでしょ、ぢぢ(じじ)ばばが居るからぢばと云い、それにおを付けておぢばと言うのよ」
「神殿に木製の六角形の台が据えてあるでしょう。あの台は雛形かんろだいと言って、高さ約二百四十センチ、大小十三枚の六角形の板を積み重ねているの」
「なぜ、ひながたと言うの?」
「それは、かんろだいは本当は石で作ったの、でも二段まで出来た時に警察に没収されてしまった」
「そこで、教祖はかんろだいはまだ早いと思われたのね、私達みんなの心が陽気ぐらしが出来るようになるまで、かんろだいを据えるのを待つことになったの」
「でも、何かしら参拝のための標がないと困るので、昭和九年十月二十四日に、初めて四方から参拝できる神殿が出来た時に、木製のかんろだいを据えたのね、そして参拝の目標にしたの」
「木製だから、本当の石のかんろだいに対して、雛形と云う言葉を付けて、雛形かんろだいと云うようになったの」
「木で出来ているから雛形になったのね、分かった!」
「でも、なぜ四方から参拝できる神殿が出来たの?」
「それは、教祖が『ここは四方正面鏡屋敷』と仰ったからなの」
「四方正面と云うのは、誰に対してもへだてないのが四方正面なの、親神様は世界中の人間を、人種や肌の色などで差別することなく、すべて救けたい陽気ぐらしさせたい思召しているのよ」
「この四方正面鏡屋敷を形に表したのが、現在のようにかんろだいを四方から参拝できる神殿なのよ」
「分かったわ、おぢばは世界中の人間のふるさとである証拠なのね」
ゆめちゃんも中学生になりました。長く連載しました「ゆめちゃんのどうして日記」も今回で終了させて頂きます。ありがとうございました。
コメントをお書きください