その五 失踪事件

 OMさんは、右手の肘から先がありません。最初は暗い顔をして一人で行動していました。教養掛の先生から、ハッピの帯を結べないので、ベルトでもよいでしょうか、と聞かれました。男子の修養科生は帯を締めることになっています。帯をベルトに替えるには異装願いを出せば良いと説明し、その手続きをしました。

 OMさんは時々ふっと居なくなります。しばらくして詰所に連絡すると帰って来たとのこと。OMさんは時々人の声が聞こえる幻聴があるらしいのです。

 でも、友達が出来ました、MEさんです。MEさんもどちらかというと一人で行動していました。一ヶ月目の中頃から、食堂でOMさんとMEさんが一緒に食事をしているのを見かけました。

 一ヶ月目の終わり頃、一回目の失踪事件が勃発しました。OMさんが詰所からいなくなったのです。部屋には荷物もなく、完全に失踪したのです。

 所属の教会から連絡があり、三日後に帰ってきました。何故失踪したのか、はっきりした原因は分かりません。ただ、教養掛の先生が言うのには、身体の事(右手がない事)を言われると急に怒ることがままあるようです。おてふりの練習の時に、先生が「右手が無いのに右手があるように上手におてふりをしている」と褒めたのですが、褒められたのに右手の事を言われた事に腹を立てた、と云うことがありました。だから、気を使って話をしなければならないのです。

 二ヶ月目の中頃に二回目の失踪事件がありました。この時は荷物が残っていたのですぐ帰るのだろうと思っていましたが、あにはからんや前回よりも遅く帰ってきました。でも、その時OMさんはクラスのみんなに謝ったのです。クラスの人はみんな、OMさんの事を心配して、失踪したときにはお願いづとめをしていたのです。

 その後OMさんの心は別人のように変わり、授業も熱心に聞き、鳴物練習も頑張っていたのですが、三ヶ月目に入って三度目の失踪事件が起きました。そして、ついに修養科を辞退したのです。