6年程前支部で成人講座があった時に、六人ぐらいの話し合いの司会を頼まれました。今までやったことがないので、調べることが好きな、いや、気になることがあれば調べなきゃ気が済まない私は、早速インターネットで調べました。
検索に引っ掛かったのは「ファシリテーション」と云う言葉です。
ファシリテーション(facilitation)とは、人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること。 集団による問題解決、アイデア創造、教育、学習等、あらゆる知識創造活動を支援し促進していく働きを意味します。
と書いてあります。
今までの日本の企業や組織は、トップダウン式で上からの命令を下の者が忠実に実行する、と云うのが良いとされてきました。でも、最近は行き詰まっています。そこで、いろいろな人の意見を吸い上げようと云う考え方に変わってきました。その方法の一つとして、ファシリテーションがあるのです。
成人講座の話に戻りますが、司会になりましたので講習会や研修会があるのかと思っていましたが、一切ありませんでした。どのように進めたらよいかと責任者の方に聞きましたが、はっきりした事は言われませんでした。おそらく彼にも分からなかったのでしょう。
ファシリテーションで司会の事を「ファシリテーター」と言います。ファシリテーターの役目はとても大事で、その話し合いが、話し合いだけではなく、何とか委員会などのプロジェクトにとっても、成功するか失敗するかが決まるのです。
日本はトップダウンの考え方が強く、特に天理教では下の者が意見を言えない雰囲気が漂っています。私のように変わった人間が会議の席で意見を言おうものなら、先輩然とした人に一喝されてしまいます。ですから、みんな思考停止してしまいます。
最近、ねりあいとかふりかえりと云う名前で話し合いの機会が増えましたが、思考停止した状態では良い意見が出るはずものなく、ファシリテーターの役割がより重要になってくるのです。
今年驚くべきことに、ファシリテーターの研修会があるとの事、やっときたかと思っていました。
コロナ禍になって、今まで上の指示を待っていた人間には、自分の出来る〇〇をしなさいと言われても、何をすればよいか分かりません。
思考停止を止めましょう。原点に戻り、教祖は何を教えているのか、考えましょう。
教祖は、ズバリとは言わず、譬えを用いたりして、三分諭し七分悟らせたと言われています。
教祖は、とても優秀なファシリテーターだったと私は思っています。
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