私は今七十歳です。
世間では定年退職して、悠々自適の暮らしをしている年齢です。孫と散歩したり、毎日好きな事を楽しんでいる人が多いのではないかと思います。
発達心理学者のエリクソンは、七十歳以上は老年期である、これまでの人生を振り返り、再評価する時だと言っています。
でも、教祖は、七十、八十は働き盛りだと言っています。また、『いつも十八の心で通れ、私はもう年寄ったと思う心が弱るのや』とも仰せられています。
私は教祖の言葉を大事にしたいと思っています。
昔を振り返るのも大切ですが、まだまだ先の事を考えていきたいと思っています。
最近思う事ですが、私たち信仰者は何をすればよいのでしょうか。
今の世界は色々な問題を抱えています。
身近な所では、介護の問題や子育ての問題があります。これは別々の問題ではないと思います。介護も子育ても、一人や二人で出来る事ではないのです。身近な人たちみんなが、力を合わせてやらなければ出来ない事だと思います。
また、世界に目を向けると、戦争や貧困、LGBTやジェンダー平等などいろいろあります。
これらの事に、天理教の教えから何を伝えて行けば良いのかが、問われているのではないかと思います。
以前聞いた話ですが、世界宗教者平和会議で言われたそうです。世界の平和は天理教でなければ出来ない、と。でも、この世界宗教者平和会議には、天理教の人はあまり関わり合っていないのです。
もっと、この素晴らしい教祖の教えを、世界に伝えて行かなければならないと思っています。
ただ、教えをそのまま伝えるのではなく、この問題にはこういうふうに考える、その問題にはこのように考えると、問題に合わせた教えを説かなければ伝わらないと思います。
ですから、もっともっと、教理の勉強をしなければならないのです。
教祖は、その時代や人々に分かるように、譬えを用いて教えられました。
現代で世界にこの教えを伝えるためには、現代に合った伝え方をしなければならないと思います。
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